1:2007/02/21(水) 21:23:36 ID:
ニカち~ん、折角の休日なんだし本ばかり読んでないでお外いこうよ

2:2007/02/21(水) 21:36:05 ID:
nika「やだ。外は雨だしヤダー。ヘミングウェイ読むのー。」

3:2007/02/21(水) 22:30:37 ID:
nikaの横では愛犬のポストが腹をだして横になっていた。

4:2007/02/21(水) 23:43:32 ID:
ステレオからはル・サージュの弾くシューマンの子供の情景がかかっていた。
昼食を創りにキッチンへ向かおうと立ち上がった時、ちょうど大好きなトロイメライが流れてきた。
ニカはそれに合わせて口笛を吹きながらキッチンへと向かった。

5:2007/02/21(水) 23:50:22 ID:
ブチッ プチチッ ピキーッ
キッチンから妙な音が聞こえてきて、僕は思わず体を跳ね上げたが、
すぐに気が付いた。これは彼女の口笛なのだ。
彼女と出会ったばかりの頃はこのノイズのような口笛が不快に思えたが、
今は何もかも心地よく思える。

6:2007/02/22(木) 00:00:14 ID:
nika「う、上手く吹けない訳じゃないもん。...フェ...フェルドマンの真似だし><」

7:2007/02/22(木) 00:13:54 ID:
うつむくニカの視線の先には、二つのペダルがあった。

8:2007/02/22(木) 01:22:37 ID:
彼女は自身の細くしなやな足でクイっと踏んだ。
「ピッ プツツー」
心地良いノイズが流れる。


9:2007/02/22(木) 15:07:33 ID:
nika「あ・・・ああ・・・・・・。」
周波数の心地良さについ甘い溜め息をついてしまうnika

10:2007/02/22(木) 15:13:33 ID:
さて、昼食をつくらなくちゃ!ニカはかた焼きそばを作った。
どうかしら?この歯ごたえとバキバキした食感は?
僕は少し戸惑ったけれど、この食感というかバキバキした音が実に素晴らしいね、と僕は言った。
そして彼女は満面の笑みを浮かべながらバキバキ音を立ててかた焼きそばを平らげた。

11:2007/02/26(月) 23:45:14 ID:
ニカはリビングでおもむろに立ち上がると
天井に空いている10円玉大のの穴に吸い込まれていった。
ああ、もうそんな時間か。

外からは激しいフィードバックノイズが聞こえてくる。

12:2007/02/27(火) 00:39:11 ID:
ザー――――――――



13:2007/02/27(火) 12:43:38 ID:
しばらく耳の奥で鳴り止まないノイズ音に酔いしれていると
二日酔いにも似た感覚が襲ってくる。
このまどろみのまま、寝入ってしまおうか・・?と
ふと、考えたが、せっかくの休日を無駄に過ごしてはいけないと思い
僕は街へと繰り出した。

空が限りなく澄んでいた。

14:2007/03/06(火) 16:27:17 ID:
休日の雨上がりということもあり、街の人影はまだ薄く、時間は穏やかに流れていた。

ニカはさっき出て行ったばかりで当分戻りそうにない。
街を30分程ふらついたが、特に目当てがあった訳でもなかった。

だが、歩くにつれ新しくCDを買いたい衝動に駆られた。
僕はその足でワルシャワへと向かった。

15:2007/03/06(火) 23:07:45 ID:
なんか笑えるww

20:2007/03/12(月) 09:22:05 ID:
店内に入ると、耳なじみのあるBGMが聞こえている。
ArovaneのCry Osaka Cryだ。次の曲はたしか…



21:2007/03/12(月) 09:24:09 ID:
頭の中で曲順を走らせながら、棚を漁る。
テテテンテンテテンテン
曲のイントロが始まった。『ウ~ン 海はちか~い』
『フフ…そうだった、こんな出だしの曲だ』
僕は思わず微笑む。
『暗くてしゃみしい海…』
次の瞬間、曲にハモルようにか細い声が聞こえた。
『え?』
振り返るとそこにはニカが佇んでいた。
『こんなに遠くまでこなかったでしょう。for you』
ニカはそうつぶやくと、僕の手を取る。

今日はニカを海へ連れてってやろう。
せっかくの休みだ。
僕はそう思った。海はちか~い

22:2007/03/12(月) 09:37:00 ID:
だが我慢できずに僕達はらぶほてるに直行し、
部屋に入るなり僕はニカを押し倒した。
ニカ「やっ!お風呂が先でしょ?」

23:2007/03/12(月) 11:19:49 ID:
お風呂からはシャワーの音に混じって、ニカの鼻歌が聞こえてくる。
僕は頭の後ろに手を組んでベッドの上に寝そべりながらそれを聴く。
目を閉じてけばけばしい空気を追い出し、澄んだ風だけを感じるようにする。
僕はそこに京都の鮮やかで艶やかな匂いを感じる。

「一緒に入らないかい?」 ニカの声が聞こえた気がした。

25:2007/03/13(火) 01:30:41 ID:
ニカの声が、耳の奥で鳴り響いている。
「一緒に・・・入ら・・・ない・・・かい・・・?・・・一緒・・・に・・・。入ら・・・ない・・・?一緒・・・に・・・。」


ふと、気がつくと僕は布団の中で酷い寝汗をかいていた。夢を見ていたらしい。

ニカが出掛けた後、二日酔いの感覚に酔いしれてしまい、どうやら寝入ってしまってたみたいだ。
酷い頭痛をも、同時に感じている。

僕は深い溜息をつき、立ち上がり、部屋の窓を開け放った。

新しい空気が欲しかった。

26:2007/03/13(火) 19:01:40 ID:
窓を開けると、冷たい風が部屋を満たした。

僕は頭痛を振り払う様に冷たい風を胸一杯に吸い込んだ。


辺りは既に日が落ちていた。
時計を見るともうすぐ午後の7時だった。

ニカが出掛けて随分時間が経つ。
もうすぐ帰ってくる頃だろう。
ニカが帰ってきたら夕食を食べにカフェにでも出掛けようと僕は考えた。
愛犬のポストも一緒に連れ行こうと思った。

冷たい夜の風がまた部屋を満たした。


僕はもう一度冷たい風を胸一杯に吸い込んだ。

心地良かった。

27:2007/03/13(火) 21:28:51 ID:
風だけを吸い込んだつもりが、どうやらまた僕は油断していたみたいだ。
突然の轟音が肺の中で響き出し、僕はとっさに激しく咳き込んだが、もう遅かった。

またこの季節だ。またこいつが風に乗ってやってきた。
シューゲイザーだ。

ニカが帰ってくるまでにこいつを僕の中から追い出さないと。

28:2007/03/15(木) 11:55:55 ID:
身体中に汗をかき、背筋に絶え間無く悪寒が走りだす。

まともに立てなくなった僕は
四つん這いになり眼球が裏返ったまま
30分程嘔吐を繰り返す。
傍らには愛犬のポストが心配そうに
尾っぽ降りながら僕を見つめていた。

嘔吐をし続けたが、やがて
身体中の力が抜けていく。

なんとかシューゲを追い出せたみたいだった。

しかし、まだ肺の中では若干のノイズ音が残っていた。

僕は重い頭を抱え
壁づたいに歩きだし、棚から薬を取り出した。

「万が一、シューゲに襲われた時に」と、言われて掛かり付けの医者から渡されていた
タミフルだった。

無造作に数粒、手の平に広げて飲み込む。

やがて、肺のノイズ音が治まってきた。

時計を見上げる。

針は午後の8時17分をさしていた。辺りはもう真っ暗だった。

31:2007/03/20(火) 10:47:54 ID:
ニカが戻るまでに嘔吐物の掃除をしておこうと思い、綺麗に掃除した。


ひと掃除終えたら、水を飲みたくなって、ニカが冷蔵庫に冷やしていた硬水を飲んだ。

今日はニカの帰りがやけに遅い、と思っていると
背後でふいに音がした。


振り返ると頭上に、十円玉大の穴が開いている。

十円玉大の穴は、ニカを部屋へ吐き出した後、閉じて消え去った。


ニカに目をやると、疲れきっている顔をしている。
残業をこなしてきたらしい。
僕は疲れきっているニカに、おかえり、と一言声をかけた。

部屋にニカの匂いが膨らんだ。
夜はまだ、永そうだった。

32:2007/03/20(火) 23:10:58 ID:
ここ結構好き
書いてるやつ頑張ってくれ

34:2007/03/22(木) 14:01:57 ID:
仕事から帰ってきたニカと話しをした。
今日一日中眠ってしまっていた事、断続的に見ていた夢の事、
シューゲの事などをとり止めも無く一通り話した。

ニカは疲れていながらも程よく相槌をうってくれて、笑ってもくれた。


こういう時間が好きだった。


僕が話し終えると、ニカがどこかへ食事に行きたい、と言い出した。
僕もそう思っていたと言い、二人で食事をしにカフェへ出掛ける事にした。

街へ出ると夜の空気がまだ肌寒かった。僕とニカはピッタリと寄り添って歩いた。
街灯が二人の影を映し出していた。二人の影もピッタリと寄り添っていた。



>>32
はい。頑張ります。



35:2007/03/23(金) 01:10:10 ID:
寒空の中ニカとカフェを探す。やがて、ぼんやりした明かりの、
けれどどこか寂しい佇まいの店に入る事にした。
ガーーーーーシュゴゴゴー  扉を引く。

『……。いらっしゃい。』
愛想の悪い髭面の男がカウンターに立っている。
その男を見るや否や、ニカが頬を紅く染めながら叫ぶ。
『あ、ポストロックさん!』

なんだか嫌な予感がした。

37:2007/03/23(金) 01:50:04 ID:
『ポストロックじゃないですよ、マスロックですって』

愛想が悪いと思われた男は、突然はにかんだ笑顔を浮かべ、
白い歯を光らせた。
その顔はどこか幼く、男の僕でも惹きつけられるものがあった。
でも、よかった、名前を間違える程度の仲なんだ。
その時、僕は勝手に幼稚な想像を膨らませていた事に気付き、恥ずかしくなった。

「あっ、ご、ごめんなさい」
『ニカさんはいつも間違えてくれるな』

いつも?

39:2007/03/24(土) 00:54:12 ID:
どうやらマスロックさんは、十円玉大の穴での仕事と関わりがあるみたいだ。
本業はこのカフェwarpらしいが、
ニカもマスロックさんも穴での仕事について詳しい話してくれない。
僕は急に居心地が悪くなって、楽しげに会話する2人をよそにコーヒーを胃に流し込んだ。
するとドアがノイズを出して開いた。
「あっ、IDMさん。こんな時間に珍しいですね」

42:2007/03/25(日) 03:20:02 ID:
IDMと呼ばれた男は、かなりマッチョな体系のようだ。
招き猫イラストのピチピチの青いチビTが、さらに体のラインを強調させる。
……。なにか嫌な視線を感じる。
IDMが僕を見つめている。真っすぐに。穴が空きそうなくらいに。
次の瞬間、IDMがものすごいビートを刻みながら僕とマスロックさんの席の間に
割り込んで座ってきた。
どうやら僕は彼に気に入られてしまったようだ。

43:2007/03/29(木) 00:32:11 ID:
結局この後、Warpには男女合わせて19人もの人間が集まった。
時計の針は夜の11時6分を回ったばかりだった。
それでも、カフェは賑わっていた。

ごめん、と言いながら、眉間に皺を寄せた顔で、人を掻き分けながらニカが僕のテーブルへ近寄ってきた。

凄い賑わいだね、とニカにぽつりと言うと、皆、同じ穴の同僚で残業帰りなのだ、と言う事を教えてくれた。

ご飯食べて、早く帰ろう、とニカが言う。ニカの言葉の端に、疲労の色が見えていた。
きっとプライベートまで、仕事を持ち越したくないのだろう。

そうだね、と又ぽつりと僕は言うと、ニカと僕は同じものを頼み、早々と食事を済ませ、店を出た。

店を出ると、やはり外の空気は肌寒かった。さっきみたく、二人共ピッタリと寄り添って歩いた。


ニカの仕事は今だになんなのか、解らない。
だが、僕にはそれを突き止めたいという欲求はまるでなかった。

詮索をしてしまえば、何かしらの余計な物がついてまわる気がしていた。
条件でさえ、欲望でさえ、リスクでさえ。

ぼんやり歩きながら、そんな事を考えていると、ニカが、飲みなおさない?と僕を見上げて言う。

そうだね、と又ぽつりと言い、帰り道のコンビニに寄って、ジーマとエビスビールを6本ずつと硬水を2本購入して家に帰った。

二人で、夜の3時過ぎまでアルコールを飲んで、シャワーを浴びて、セックスをして眠った。

街はあと少しで、朝を迎え入れる頃になっていた。

47:2007/03/29(木) 08:40:49 ID:
ブツッブーン…
突如、低周波音が僕とニカの部屋に響き渡った。
目が覚めた僕は眠い目をこすりながら、天井を見上げた。
そこにはなぜか10円玉大の穴が空いている。
「こんな時間に空くなんて…」
僕はそう思いながらも、穴から目が離せないでいた。
ニカはまだ僕の横ですやすやと眠っている。

55:2007/06/23(土) 20:50:54 ID:
「これは、いったい何なのかしら?」
ニカはさっき届いた、僕宛の小包を開けて言った。

「それは……」
僕は言葉に詰まった。
それは、僕がこっそり頼んでおいたエロゲーだったからだ。


56:2007/06/23(土) 20:55:41 ID:
「ねぇ、答えなさいよ」
ニカが再び僕に尋ねた。

僕は黙ってうつむいた。

「言えないようなモノなの?」
ニカが箱を取り出す。
ハピネスでリラックスなパッケージが露わになった。

57:2007/06/23(土) 21:04:04 ID:
「あなたって、こんな趣味があったのね……」
ニカは蔑むような目で僕を見た。

「か、返してくれよ」
僕は熱くなった顔を上げた。

「返してほしいの? ヘンタイさん」

僕は黙って頷く。
耳まで赤くなっているのが、自分でも分かった。

そんな僕を見たニカは、うっすらと加虐的な笑みを浮かべた。

58:2007/06/23(土) 21:14:52 ID:
「そう簡単には、渡せないわ」
ニカはそう言うと、エロゲーを包んでいたエアキャップを手に取った。

「な、何を――」
嫌な予感がした。

ニカは気泡の一粒をそっと摘むと、指先に力を入れた。

プチッ。

小気味の良い音が部屋に響いた。

「ああっ!」
細い針で、脳を突き刺すような快感が走った。




59:2007/06/23(土) 21:54:48 ID:
プチッ、プチッ、プチッ、プチッ。

立て続けにエアキャップが破裂する。
その度に、突き刺すような、痺れるような快感が僕を襲う。

「も、もう止めて……僕が悪かったよ……」
快感に耐えながらニカを見る。

「あら? まだ始まったばかりじゃない」
ニカは愉快そうに笑った。

こんな時のニカは、驚くほどサディスティックだ。


64:2007/06/26(火) 20:14:05 ID:
ニカの「お仕置き」は二時間ほど続いた。
僕はその快感に耐えきれず何回も果た。
最後には真っ白になり、その場にぐったりと倒れ込んだ。

ふと、頬に冷たい物が触れた。

僕はうっすらと目を開ける。

65:2007/06/26(火) 20:20:29 ID:
ニカだ。
彼女は、冷えた硬水を入れたグラスを持って微笑んでいた。

「ごめんなさい。ちょっとやり過ぎたみたい」
彼女は小さな舌を出して謝った。

僕はグラスを受け取ると、ゆっくりとそれを飲み干した。
クリアで冷たい水が全身に染み渡る。喉が潤い、体に生気が戻ってきた。

66:2007/06/26(火) 20:41:54 ID:
それから僕たちは少し遅めの夕食をとった。

ニカは得意の手料理、BOLAのムニエル、レモンソースがけを作ってくれた。
僕もトマトとレタスで簡単なサラダを作った。

夕食を食べながら、とりとめの無い話をする。
僕たちは幸せだった。

68:2007/07/01(日) 00:03:05 ID:
食事を食べ終え、後片付けをしていると、
突然、外から凄まじい轟音が響いてきた。

僕はびっくりして、ジノリの皿を一枚割ってしまった。

「いったい何なんだ!」
僕はその轟音の正体を確かめようとベランダに出た。


69:2007/07/01(日) 00:12:05 ID:
ベランダに出た僕はとんでも無い光景を目にした。
改造したオートバイに乗った集団が、道路を占拠していたのだ。

彼らは騒音、雑音、爆音といった物をまき散らしながら走行している。

「あれはいったい何なんだろう? 知っているかい?」
僕は隣にいたニカに尋ねてみた。


70:2007/07/01(日) 00:20:24 ID:
「godspeed you black emperor……」
ニカは呟くようにそう言った。

「通称『gybe』よ」
ニカの説明によると、gybeは街のシステムに反抗している集団らしい。
僕はそんな連中が存在することに驚きを隠せなかった。

僕はもう一度gybeに目を向ける。

彼らは夜の街を切り裂くような轟音を立ながら、彼方へと去っていった。


75:2008/02/03(日) 00:36:38 ID:
今日は10時過ぎに目が覚める。ニカはいない。
朝食にトーストに目玉焼き、軽いサラダをつくる。
天気は晴れ。
まだ寒くはあるが、日差しから春の始まりを感じる。
空に平和な雲が浮かび、明るい色の服を着たくなる頃だ。
朝食を済ませ、身支度を整えた。

僕は柔軟剤を買いにでかけた。

76:2008/02/03(日) 00:59:52 ID:
まだ靴下二枚履きだけれども、冬は明けた。
そんな気がするのはやはりこんなに天気が良いからなのだろう。

ドラッグストアで柔軟剤を手に入れた僕は公園のベンチに座っていた。
赤ちゃんも、母も、おじいちゃんも居る、公園。
ゆっくり時間が流れていくのを感じる。ゆっくり…。
目の前では三輪車で遊ぶ女の子。
ピアノの音が頭の奥からきこえてくる…。

77:2008/02/03(日) 01:20:45 ID:
女の子はしばしの間、僕の脳内ピアノと一緒に遊んでいた。

ワールド イズ ビューテホー…… ウフフフ

聞き慣れた声が耳に入り、振り向くとニカが立っていた。
さらさらした藍色のワンピースを着て、胸には子猫を抱いていた。

「ニカ!」僕は思わず叫んだ。「無事だったんだね…。」
「おうち、かえろ。」
ニカと僕と子猫はまだ子供のはしゃぎ声がしている公園を後にした。

90:2008/07/12(土) 11:52:15 ID:
その日は、”私”は一人で地下室に行き、古書の整理をすることになった。
古書の匂いに飽和した薄暗い密室の中で、私は目を閉じた。

恍惚・・・

細く優しい線でなぞられる感覚。
意識がだんだん遠のいていく・・・いく・・イク・・・

91:2008/07/12(土) 11:59:32 ID:


どれくらいの時間が経ったのだろうか。
いつのまにか、気を失っていたみたいだった。

「もう帰らなきゃ・・・」

蛍光灯のスイッチを切り、地下室を出ようとしてドアを開けた。

パチパチッ・・・

小さな音に気付いて、地下室を振り返る。
さっき確かに消したはずの蛍光灯に明かりがついている。

92:2008/07/12(土) 12:25:35 ID:

パチッ・・・パチパチ・・・パチッ

地下室の蛍光灯が、ひとりでに何度もついたり消えたりしている。

パチッ・・・パチパチ・・・パッ・・・パチパチッ・・・

静寂の中、か細く小さな音が周期的に鳴り響いていた。

ザーーーーーーーーー・・・・

地下室の空気が、蛍光灯の出す信号に反応して渦を描きはじめた。
自ら歩み寄ったのか、それとも引き込まれたのか、私はいつのまにかその渦の中心に立っていた。
目の前には、一冊の古びたノートがあった。
そのノートの表紙にはこう書かれていた

”アルヴァ・ノート”

158:2012/06/10(日) 02:08:41.34 ID:
会社の帰り道。僕はスーパーへ寄って夕飯の食材を買った。
食べたいものが思い浮かばなかったので、事務的に白菜や豆腐、豚肉を買った。
困った時の鍋料理だ。鍋に食材を入れて昆布出汁で15分煮込めば、
熱々の料理が出来た。食べたい物が何も見当たらない時、
温かい料理は僕の心を内側から優しく満たした。
その温かさに身を預けていると、いくらか孤独が和らいだような気がした。

159:2012/06/10(日) 02:09:12.92 ID:
左手に皮の通勤鞄。右手に買い物袋をぶら下げて、
僕は住宅街の中を自宅へ向かってテクテク歩いた。20分程度の道のりだ。
100回連続コピー&ペーストしたような、同じ形の家が延々と通りに並んでいた。
永遠性を思わせる無個性な家々は、
しかしその一軒一軒に各々の生活を営んでいた。
窓から光が漏れ、カーテン越しに家族の影が揺れていた。
昼間の風景が取り残されたように、
芝庭の上にスコップやサッカーボールが転がっていた。

160:2012/06/10(日) 02:09:39.25 ID:
目に映る何でも無い出来事や風景が、奥行きを持って、僕に語りかけた。
白菜だってシイタケだって、一軒家だって、
それはただの食べ物であり建物だ。それ以上でもそれ以下でも無い。
それは僕の心を慰めたり、背中を押したりはしない。ただそこに存在があるだけだ。
それらから何を感じ取るかは、僕の気の持ちように委ねられていた。
何かに執着している時。それは大抵、自分を見失っている時だった。

161:2012/06/10(日) 02:10:08.44 ID:
素足にサンダルを履いて、ニカは自宅の玄関先で夜空を見上げていた。
空には薄雲がかかり、月も星も見えなかった。
時々、湿気を帯びた夜風が、後ろからニカを抱きあげるように巻きついて、
Aphex TwinのTシャツを揺らめかせた。夜の闇は、
紺のホットパンツからのびるニカの白い足を、
爪先から太ももまでくっきり浮かび上がらせた。

162:2012/06/10(日) 02:10:38.83 ID:
「ただいま」
僕は郵便ポストを開けて中を確認した。中は空っぽだった。
「今日の夕飯はいつもの鍋だ。食欲が無いんだ」
ニカは何も答えなかった。怒りもしなかった。
「みんな去ったの?」
夜空を見上げたまま、ニカは小さな声で呟いた。
右手のビニール袋が重かった。
「いや。誰も、何も去ってないよ。ニカ。
今日は気分がのらなかったから、会社が終わったらサッサと帰宅した。
途中のスーパーで夕飯の食材を買った。
会社の専務もスーパーのおばさんも、みんないつも通りだった。
誰も何も去っていないし、変わっていない」
「私も連れて行って欲しかった」
髪が風に揺れて、貝のような美しい湾曲を描く左耳が露わになった。
天に教えを乞うように、ニカは空へ向かって静かに続けた。
「やがて梅雨の季節が、私を雨の音で覆うの。
そしてみんなは立ち去って、ここはどこへでも繋がって、
どこへも行けない場所になるの」
一筋の光がニカの頬に流れた。
ニカは両手で顔を覆い、シクシクと泣き始めた。

163:2012/06/10(日) 02:11:04.45 ID:
よくある、気分の乱れだ。梅雨入り前の、
ちょっとした気分の混乱だ。何も問題は無い。
僕は家に入り、玄関先へ買い物袋と通勤鞄を置いた。
また表へ戻ると、後ろから静かにニカの肩を抱き寄せた。
僕の身体で全身が包み隠れてしまうほど、ニカの身体は柔らかく細かった。
「誰もニカを置いて、立ち去ったりはしないよ」
ニカが落ち着くように、僕は静かに耳元で囁いた。
「僕は毎朝同じ会社へ通勤して、夜にニカのいる場所へ戻る。この自宅だね。
正確には自宅じゃなくて、借家の平屋だ。けれども来年3月の更新までは、
僕たちが住める家だ。安心していい。
週に6日働いたら、最後の1日はニカのために取っておく。
朝起きてから夜眠るまで。ニカのために予定を空けるよ。
雨が降ったら、アジサイに雨粒を落ちるのを、庭先から眺めればいい。
外へ出かけたければ、外へ出ればいい。今年の夏は海へ行きたいね。
誰もニカを置いて、去ったりはしないよ」
順を追って、僕は2人の生活の周辺を説明した。

164:2012/06/10(日) 02:12:03.91 ID:
ニカは寄りかかるように、全身を僕に預けていた。
泣いて乱れていた呼吸も穏やかに収まり、落ち着きを取り戻してきた。
季節の変わり目は、心の現在地を白紙へ戻す。
環境の変化を敏感に察するニカにとって、
季節の変わり目は、砂漠へ一人置き去りにされる
不安のようなものらしかった。
「本当にどこにも行かない?」ゆっくり身体をくねらせて、
ニカは身体の正面を僕に向けた。
僕の身体の正面に、ニカの胸が柔らかく押し付けられる。
「どこにも行かない」
「悲しい雨粒が落ちる時も、世界が奥行きを失って病める時も、
私が自分を見失って、何かを探している時も、どこへも行かない?」
「誰もニカの傍を離れないよ。少なくとも僕は離れない」
「私がニカでも?」
「離れない」
ニカは白い足を僕の足に絡みつけて、
Yシャツに埋めた顔を、猫のように何度も擦りつけた。
日向の香りがした。

それは僕の心を慰めたり、背中を押したりはしない。
ただそこに存在があるだけだ。僕たちはそれを感じるだけだ。
それを人は音楽と呼び、エレクトロニカと呼んだ。